2025年は東日本大震災から14年が経過して、薄れる防災への備えを今一度考えなければいけないといろいろ報道されています。
また、2025年は地下鉄サリン事件が発生してから30年だという事も忘れてはいけません。20代~30代の若者たちはこの事件を知らないのです。
この事件は絶対に風化させてはいけないと思い、今回のテーマとしました。
1980年から1995年の間、オウム真理教がメディアに出ない日がないくらい、メディアもオウム真理教に踊らされていました。
また、オウム真理教の幹部はエリートばかりで、医者・弁護士・化学者などが揃っていました。ちょうどこのころ、日本はバブル経済で有頂天になっていた世の中。そこに違和感を覚えたエリートの人たちの心のすきまに入り込んでいったようです。メディアでも「洗脳」という言葉をよく聞きました。
オウムの事件を年表で振り返ってみましょう。
1987年7月 84年に発足した「オウム神仙の会」を母体とし、「オウム真理教」に改称
1989年8月 東京都から宗教法人の認証を受ける
1989年11月 坂本弁護士一家殺人事件
1990年2月 幹部24人が衆院選に立候補。全員落選
1994年6月 松本サリン事件
1995年3月 地下鉄サリン事件
1990年の衆院選落選後、武力で国家権力を握ろうと企て、武装化の道を突き進んだと言われています。
自動小銃の製造、猛毒兵器の開発・・・。そして93年にサリンの生成に成功。
のちの報道で、核兵器も作ろうとしていたと聞きました。実現していたら・・・と考えると、背筋が凍る思いです。
地下鉄サリン事件は、警察の強制捜査を逃れられないと考えた教団が、警察を撹乱するために起こした「テロ」でした。実際に警察では、3月22日に教団への強制捜査を予定していました。事件は3月20日に起きてしまったのです。
この平和な日本で「テロ」が起こるわけがないと警察も甘かった部分もあったのでしょう。「サリン」を作っているのでは?と警察も掴んでいたのに。
事件が起きた日、テレビに映し出される光景は現実のものとは思えませんでした。もちろん放映はされませんでしたが、現場では泡を吹いて痙攣している人など、バタバタと人が倒れていたようです。
ちょうど出勤ラッシュの時間でもあったので、まさに戦場のようだったことでしょう。
長い裁判を経て、2018年7月に松本智津夫元死刑囚の死刑が執行されましたが、彼は最後まで何も話しませんでした。
オウムの事件は30年前の昔話で終わらせてはいけません。
後継の団体も、しっかりと活動しています。松本智津夫元死刑囚の写真を掲げて・・・。
ある新聞記事では、「いつまた同様な事件が起きるかわからない」と指摘したうえで、
「いずれ、AIの力を借りて化学兵器を作ることもできる時代になる。また、SNSばかり見てかたよった情報に執着するようになった人は、さらに考えがかたより、狭い穴から出られなくなる。そうなるとさらに、ほかの意見が耳に入らなくなる」
と、むしろAIとSNSが進化している現代の方が危険は高まっていると警鐘を鳴らしていました。
日本も決して安心できる国ではなくなっているのでしょうか・・・。
今回は、少々重いテーマではありましたが、どうしてこのような事件が起きてしまったのか、事件を覚えている人にはいま一度考えてほしいですし、事件を知らない人は、本を読んだりネットで当時の記事を探したりして、調べてみてほしいと思います。
覚えている人はぜひ、こういう事件があったことを若い世代にも知らせてほしいです。
そして、今の情報過多の時代に生きるうえでは、一つの意見に惑わされず幅広い知識を得ること、いろいろな意見を耳に入れることが大事だということを、次世代の若者に伝えていきましょう。